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やっぱいこん日は思い出します・・・ [エピソード]

今日7月23日、この日は妙に落ち着きません・・・。長崎の方にとってもそれは同じだと思います。

 

にもかかわらず、何年もブログやってるのにこの日について触れたことはなかったのですね。

 

 

29年前のこの夜、私は死の恐怖と戦っていました。

 

昭和57年7月23日、長崎大水害・・・。

 

 

この日は梅雨明け直前で雨はひと段落し、確か昼間私は水泳教室で帰る頃も晴天だったと思います。

 

それが夜6時すぎぐらいから雨が降り出して次第に強く・・・、雨音は滝のように激しくなり、二階からちょっと窓を開けて外を見ると、家の前はまるで川の激流。

 

父はこのとき既に盲目となっており、パニックになって「本河内(ほんごうち)に行く!本河内に行く!」と騒ぎ出しました。住んでるとこが本河内だったんですが・・・。

 

当時の私の家は本河内でか本河内1丁目でかわかりませんが、一番のボロ家と言われてたらしいです(本当かどうかは謎のままですケド)。二階の天井には雨もり対策で一面にゴミ袋が張り巡らされていました。私はそれが普通だと思っていました・・・(^^i)

 

ただ私の記憶の限りではこの日、必死にゴミ袋を補強しましたが雨もりはそこまで大変ではなく、パニックを起こした父を落ち着かせるのにひと苦労。そこに何やら異音・・・。家の薄っぺらい壁が水圧でゆがみだしたのです!

 

できることといったら壁がバキッといかないように必死に壁を押さえるくらいしかありません。壁がバキッといったら今頃私は・・・。

 

どうにか雨足が弱くなるまで持ちこたえてひと安心(i^O^)=3

初めて命の危険を感じたときでした・・・。

 

私の家は平地ではなかったので浸水することはなかったんですが、川は大氾濫し、眼鏡橋は破壊されました。死者299名、今はどうかわかりませんが1時間の降雨量が観測史上最大だったそうです。

 

ライフラインは何日間かダメになりましたが、石油ストーブを使って料理とかしてたのを覚えています。

 

そんなワケでこの日は忘れられない、いや、忘れてはいけない日なのです。

 

 

余談ですが、その日ラジオで「今晩は田原俊彦の『〇〇〇〇〇』(ナントカっていう番組名)はお休みします」と言ってたのをなぜかしっかり覚えています(-▽-i)


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悲しか想ひ出(絵物語) [エピソード]

おかげ様で骨の方は治ったようで動かしたときの痛みは動かしてなかった筋肉のようで、今日から徐々に動かしていく方向になりました♪固定の包帯はまだしてますが三角巾は取れ、久々に両手でPCを触ってます。いや~、打つのラク(^^)

 

今回、整骨院の他にレントゲンを撮るために整形外科なるものにも行きました。外科は行ったことあったけど整形外科は初めて・・・と思ってたら昔一度だけありました。

と言う訳で?そのときの想い出を初の絵物語で話したいと思います。

 

以前、「北海道中」というシリーズの第一章 「自転車と私」(http://exotic-kim.blog.so-net.ne.jp/2007-06-20)で、小5にして初めて自転車に乗り(しかも後ろ)、そのスピードの怖さに耐えかねて自転車からジャンプして腰を強打した話をした。

 

その後、母と整形外科に行き治療をしてもらった。どんな治療か覚えてなかったがとにかく痛かった・・・。

 

私は俗に言う「はやり物」を買うことを許されてなかった。友達が持ってるなめ猫の免許や、キラキラ光るのりなどを羨ましく思ったものだ。

しかしこのときは母は意気消沈した私を気遣ってだろう。当時はやっていたコーラの香りがする「ねりけし」を買ってくれたのである。

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私は嬉しくて帰り道にねりけしを伸ばしたり縮めたりしながら歩いていた。そしてねりけしを丸めてボールのように投げ上げていた。

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そのとき!手が滑ってねりけしを落としてしまった・・・

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丸くなったねりけしはガードレールを抜け道路へ

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そこへ無情にも長崎バスが通過、見事にねりけしを踏んでいった・・・

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ねりけしはタイヤにしっかり貼りつきタイヤが回転するたびに垣間見えるペッタンコのねりけし。

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だんだん遠くなるそのバスをぼう然と見送るエキゾチック親子・・・その後、ケガ人であるにもかかわらず母にしこたま怒られたことは言うまでもない・・・。

 

                                                   完

 


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日刊実話 北海道中~最終章~ [エピソード]

~最終章~   

自転車の旅はいよいよラストスパート。この日は札幌から定山渓へ。

さほど距離はないのだが山道が多い。登り坂では本当に腰が痛む。生涯駄目にしてしまうのではと思うほどだ。

そんな登り坂が終わると今度は下り坂、当たり前だが下りは楽。スピードに慣れてきたので自転車に身を任せて下る。だが、さすがにスピードが出すぎかなと思い、ブレーキをかけて速度を落とそうとした。すると自転車がすごい勢いで揺れ始めた!まだ自転車歴が浅かった私には初めての経験。よりによって大型トラックがやたら走ってる脇でのこと、冷や汗ものだった・・・。

定山渓に到着。温泉旅館に泊まり体を癒す。

 

次の日、ついに自転車での移動はファイナル。それにふさわしく?最大の関門、中山峠越えである。

登りでは相変わらず腰がひどく痛む。加えてこの道中初めて雨に見舞われた。山の悪天候は最悪である。「一寸先は闇」という表現があてはまるくらい、わずかな先も霧で見えないのだ。

が、中山峠にはオアシスがあった。「道の駅」である。しばし雨宿り。幸い雨はやみ視界も良くなったので再び走る。前日の教訓を生かし下りはスピードを適度に調整、程よいスピードで快適、流れる景色を楽しんでいると

ガクッ

何事!?・・・パンクだ。私はパンクの処置方法を知らなかった。今でも知らないが・・・。Kくんはいつものように先に行っている。山の中腹にして歩かざるを得なくなってしまった・・・。

とぼとぼと山を降り、普通の道に出るとKくんがいた。応急処置をしてもらい、発見した自転車屋で修理してもらう。

さすがに峠越えは一筋縄ではいかなかった。まさに峠を越えたこの道中、普通に坂道を下っていると・・・道にあったロープかコードか何かが前輪に絡まった。何だ?と思った瞬間ロープのようなものに勢いよく引っ張られ自転車が急停止。

 

私は飛んだ

 

幼いときの悪夢再び!?・・・いや、今回は奇跡的に着地成功。自分でも驚きだ。

なぜなら私は運動神経に自信がないことに自信がある。余談であるが、高校時代の校内球技大会のとき、人数の関係で苦手なバスケットボールに出る羽目になった。試合中、「ボールが来ませんように」と祈った・・・無理に野球の試合に参加させられた野比のび太のように・・・。ところが私にボールが来てしまった。状況的にドリブルするしかない。ギャラリーの注目の中、慣れぬドリブルを始める。

経験者ならわかるだろうがうまい人はドリブルのとき姿勢はあまり崩さず前を見て走る。が、私はひたすらボールを見ながら走った。その結果、バウンドしたボールが顔面直撃・・・私は後ろに倒れギャラリーの笑いを誘った・・・。

そんな私がうまく着地、どこにこんな反射神経があったのかと不思議に思ったものだ。自転車にも支障はなく走行再開。

 

そして最終目的地、登別が近づいてきた。Kくんのペースもゆっくりになり、二人でのんびり走る。Kくんは自転車歴が長いのでそんなにトラブルはなかった。が、前を走っていたKくんの自転車が突如逆ウィリーし転倒!何があった?と思った。どうやら足で前のライトをつけたり消したりして遊んでるうちに誤ってスポークに足を絡めたらしい。スポークは一本折れてしまった。登別までわずかだったのでどうにか完走できたがいやはや油断は禁物だ。

 

登別に到着。最終宿泊は「登別グランドホテル」!!・・・思えば計画の段階で「サイクリングセンターに泊まれば安くつく」と話していたのだが実際はサイクリングセンターは初日のみで後は、民宿→旅館→温泉旅館→グランドホテルと日に日にグレードアップしてしまった・・・。いつの間にか「日中しんどい思いをしているのだから夜は優雅に」という考えが根付いていたのだ。

 

翌日、登別から電車で函館へ、いよいよ北海道とお別れである。本州行きの電車が発車した瞬間、わずかな滞在であったが北海道へ惜別の情が湧く。やがて電車が青森についたことがわかると旅の終わりを実感した。

 

大阪に戻り、周りに言われたこと「チャリもうボロボロやん!」  しかしこの自転車はつい数ヶ月前まで私の足として立派に活躍した。

 

あれから12年、この文章を書きながらあのときの思い出が鮮明に蘇った。北海道の壮大な自然は様々な刺激を与えてくれた。人間の原点はやはり自然なのである。

そしてこのエピソードを最後まで読んで下さったことに心より感謝し、締めに代えたい

                                                       完

 


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日刊実話 北海道中~第9章~ [エピソード]

~第9章~ 長距離走

9章まできてしまったがこのエピソード、いよいよ佳境である。

予定を戻すために旭川から札幌まで130キロ弱を一日で走らなければならない。

今日はツーリングなど考えずとにかく自分のペースで走ろうということになった。もちろんKくん、あっという間に私の前から姿を消した。私も自分なりに急ぐ。

このとき私の敵は何だったか?車?坂道?いや、もっと精神的に参らせてくれるのがあったのだ。

それは「札幌まで○キロ」の表示である。ドライバーのために地点ごとにわかりやすく示してあるのだろう。ところがこの表示、ある地点で「札幌まで98キロ」、しばし走ってまた表示を見る。「札幌まで98キロ」・・・変わってないやん!!こんな表示がご丁寧に続くのでいやでも「まだまだ先・・・」と痛感するのだ。せめて1キロごとに表示してほしい・・・。

そうこうしてるうちにトンネルの入口へ。きっとKくんはトンネルを進んだだろう。だが私の技量では進む自信がない。回り道を選ぶ。

気の遠くなるようなキロ表示もやがて「札幌まで10キロ」までくると「もう少しだ」という気になれた。そして札幌駅に到着!待ち合わせ場所は決めておいたのだがKくんがいない。「おかしい、先に着いてるはずなのに・・・」 携帯なんぞない時代、連絡のとりようもなく待つしかないがなかなか来ない・・・「まさか事故?」と不安がよぎる。

そんな矢先、Kくんが到着した。聞くとあのトンネルの中が思ったより悪路で走れる状態ではなかったという。その間、私が追い抜いてしまってたという訳だ。

なんにせよ事故がなくてよかった。ビジネスホテルでそれぞれシングルの部屋をとり、札幌の街へ。札幌といえば・・・

時計台。想像通り大きい・・・とはいえん!二階建てで思ったより小さかったのだ。   札幌といえば・・・

ラーメンである。夜食に食べた。が、宗谷岬のラーメンのインパクトが強くてここで食べたことはあまり覚えていない。

 

この日は長距離ではあったが平らな道が多かったのが救いだった。しかしこれからは山道三昧・・・どうなることやら。                                          つづく

 


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日刊実話 北海道中~第8章~ [エピソード]

第8章 ~絶景~

稚内からフェリーで利尻島へ。あ、金を下ろしてなかった。私はフェリー代を払うと手持ちはほぼ無一文になってしまう。まあいい、郵便貯金キャッシュサービスで下ろせばいい。そう思いフェリーに乗船。

利尻島へ到着。既に自然一杯だ。まず郵便局を探す。なかなか見つからない・・・。そうこうしてるうちに発見!キャッシュディスペンサーもある。

 

し・か・し

 

この日は日曜。街なら昼間であれば金を下ろせるが利尻は閉まっていた・・・

情けなくもKくんに金を借りる羽目になる・・・。

そんな切なさ少々の中、島を巡る・・・切なさ少々吹っ飛ぶ!

透き通る海!昔行った長崎の五島列島以来である。この美しさは写真なんぞでは表せない。

岩山を登ると・・・

絶景かな絶景かな。これは浪漫だ!

「金がないのがなんぼのもんじゃい!もっとでっかい人間にならなあかん!」と壮大な景色を見ながらそう誓った!・・・たぶん。

帰りのフェリーの時間までそんなに時間はなかったが充実した時間だった。そして帰りのフェリーに乗り、稚内から旭川まで電車で戻る。・・・交通費すべてKくん持ちで・・・私のあさはかさのせいでKくんの手持ちも底をつき、旭川までの数時間二人とも飲まず食わずだった・・・。

夜、旭川に到着してまず二人がやったこと、もちろんコンビニのATM直行である。結構営業終了ギリギリだったと思う。間に合ってひと安心。

 

さて、翌日から再び自転車の旅。利尻島を楽しんだ代償として、札幌までの130キロほどを一日で走らなければならない。

                                              つづく

 

 

 


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日刊実話 北海道中~第7章~ [エピソード]

~第7章~  宗谷岬 

さあ、日本最北端へ出発。旭川を早朝に出て、電車で稚内へ、そして宗谷岬へ。

天気は快晴、絶好の観光日和。到着すると宗谷岬のテーマソングが流れていた。

この海の向こうはもう外国と思うと感慨深いものがある。

日本の一番北の地点で記念写真、

塔の真下にいるのが私だが、どう見ても手前の女性が主役である・・・。

吹き寄せる風も一段と心地よい。のんびり歩いてるうち見かけたのが「日本最北端のラーメン屋」だ。中に入って「海鮮みそラーメン」を頼む。カニ、ホタテなど北海道の新鮮な海の幸がどっさり!青い海原を見ながら食べるラーメンはまたひと塩うまい!

その日は日没まで日本最北端の地を満喫。稚内に宿を構え、翌日はまた自転車の旅

・・・のはずだった。

が、宿にてKくんが

「なあ、せっかくここまで来たんやし島見いへん?」

本来なら翌日は旭川へ戻り、夕張と白老を目指す予定である。白老はアイヌに関心があるKくんの希望、夕張はメロンが大好きな私の希望、突然のことに迷ったものの「ここに来たのも何かの縁」「計画は破るためにある」ということで急遽予定変更。利尻島へ行くことになった。

 

だが、この選択が更なる感激をさせてくれるのであった。                 つづく

宗谷岬=日本最北端


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日刊実話 北海道中~第6章~ [エピソード]

~第6章~  大自然三昧  

小樽から目指すは札幌。とくに難なく朝8時頃には到着。テレビ塔の前で軽く記念写真を撮るが、今は札幌が目的ではない。そしてこの日はただ走るのみ。国道沿いをやや楽なペースでのツーリング・・・いや、それは語弊がある。Kくんは自転車歴は長く、且つマウンテンバイクであるのに対し、私は自転車歴3カ月弱、且つママチャリ・・・同じペースでついていける訳はなくある程度の地点でKくんが休憩し、そこに私が追いつく調子であった。ハイキングの野比のび太のように・・・。

夕方前には滝川市に到着。旅費を安くするためにサイクリングセンターに宿泊。夜食もコンビニで安く済ませる。

 

次の日、若干回り道して富良野、それから旭川というコースを走る。

前日の比較的平坦な道に比べ、今日は山道、ギアチェンジもできない私は更に野比のび太状態である・・・。しかしそんな私の疲れを吹っ飛ばしてくれたのは

 

見渡す限りの大自然

牧場なんかも時たま見られ、のどかな風景である

私の真後ろが私の自転車、かごがないのでママチャリには見えない・・・ことはないか。用心深くミラーまでつけてるのがお分かりだろうか。横にかすかにマウンテンバイクも写っている。

大自然を走るのは気持ちがいいものの、きついものはきつい。登り坂では腰が痛む。北海道は我々自転車旅行者の他、バイク旅行者も多い。必死に走る私を軽々追い越し、越し様にGOサインを出して行く。「がんばれ」の印だろうが私は「バイクは速いなあ・・・」としみじみ思った。

でもやはり北海道は自然がいっぱい気持ちいい。富良野といえば・・・

 

ラベンダーである。時をかける少女である。・・・わかる人さえわかればいい。

苦しみつつ大自然を楽しみながら走り旭川に到着。その日の宿泊地は民宿。北海道らしく料理にカニとメロンがあった。その後も旅が終わるまでカニとメロンには不自由しなかった。

翌日は時間の都合もあり自転車はお休み。電車を使って稚内を経由して日本最北端の地、宗谷岬へ。冬には流氷が流れてくることで有名な宗谷岬、どんな風景が迎えてくれるのか楽しみにしながら眠りにつく・・・                                        つづく

 

 

 

 


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日刊実話 北海道中~第5章~ [エピソード]

わずか20分で出端をくじかれたこの道中・・・それでも気をとり直して目指すは京都。

地図を頼りに北へ。できるだけわかりやすい道を通ってなんとか順調。さて、ここで国道1号線に合流して・・・

すごい交通量だ

自転車初心者期間の私には走る自信がなかった。仕方ない、迂回だ。しかし初めての道、同じ場所に戻ったり、変な方向に行ったり不安に拍車をかける・・・。それでもどうにか京都府突入!よし、後はさらに北へ北へ。・・・のつもりだった。が、特に訳はないが向かってる方向に「なんかおかしい」と感じた。よくよく調べると自信持って向かった方向は見事に逆方向。このまま向かっていれば宇治の平等院鳳凰堂を見学できた・・・いや、そんな悠長なこと言ってる場合ではない。

長い道のりを逆走してやっと京都市へ。ここまでくれば後はどうにかなる。無事にKくんと合流。彼はマウンテンバイクだった。お父さんの車で舞鶴へ。

舞鶴で小樽行きのフェリーに乗船。その夜、疲れ果てた私はぐっすり眠りにつく。

 

朝、いい天気だ。甲板に出てみると

 

360度どこもかしこも海!青い海!目に見えるは空と海だけ!

 

人間など小さなものなのだよ。

写真を撮ったり別の客と話したりミニ映画館でつい先日ビデオで見たばかりの映画を見たり、ゆったりと過ごす。

 

そして翌日の暁、ついにフェリーが小樽へ到着。北海道上陸である。さあ出発だ。まだ涼しい夜風を受けながら走っているうちに夜が明けていく。

 

こうして、小樽の夜明けと共に北海道自転車道中は幕を開けたのである

                                                    つづく

 


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日刊実話 北海道中~第4章~ [エピソード]

~第4章~   旅立ち

北海道を走ることになった。とはいえ、自転車歴2ヶ月弱・・・不安である。それに旅は8月の末、暑さにも負けるかもしれない。・・・修行だ・・・私はそう考え、暑さに負けずひたすら走ることにした。

日中めがけビラ配りのバイトをしながら炎天下の中を自転車で駆け巡る。

東大阪市から京橋まで走る。

東大阪市から守口市まで走る。

・・・この距離感は大阪の人にしかわからないだろう。とにかく走ったことが伝われば嬉しい。

こうして長旅に備え、暑さの中でも走れるようにしてきた。

 

具体的な予定も決まり、いよいよ出発を控えるのみ。

友達、Kくんとしておこう。Kくんから電話があった。

Kくん「あんなー、親父が舞鶴まで車で送ってくれんねん。」

私「ほんま、それはよかったな~」

Kくん「でな、親父は仕事終わって家に戻ってから車出すねん。せやからだんじのとこまでは迎えに行かれへんのやけど」

Kくんは東大阪の近大まではるばる京都から通学している。私は東大阪に住んでいた。・・・つまり・・・

 

私が自転車ではるばる京都まで行かねばならぬということだった。

 

・・・まあ仕方あるまい。そう思いながら私は自転車のかごを外した。なぜか?私の自転車は仲間にもらった一台のみ。そう、私は無謀にもママチャリで北海道に挑んだのである。少しでも生活感を無くすためにかごを外したのだ。

 

そしてついに出発の日。待ち合わせは夕方に京都の確か東寺だったと思う。私は余裕を見て朝11時頃には出発した。

天気は快晴、旅立ちにふさわしい日である。この旅はうまくいく!そんな予感がした。快い気分で車道を走っていたら信号が赤になったので私は止まった。自転車の後ろには重い荷物を載せていた。初めてであった。そのためか止まった瞬間バランスが崩れ、そして・・・

 

        パタン。

 

隣に止まっていた車のミラーを閉じてしまったのである。私はとっさに逃げた。しかし所詮自転車・・・車には到底かなう訳はなく信号が青に変わるやあっという間に追いつかれ前をふさがれた。

「なおしていかんかい!」

そう怒鳴られ私はお詫びをし、ミラーを元に戻して幸い許しを得た。

出発してわずか20分で私の予感は見事に外れたのである・・・            つづく

 

 

 


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日刊実話 北海道中~第3章~ [エピソード]

~第3章~  戦い

自転車との戦いが始まった

20歳の男が今更公園で練習などさすがに恥ずかしい・・・そこで見つけた絶好の練習場所は学内のE館という建物の前にある庭のようなスペースである。

勿論ではあるが全然うまくいかない、大体なぜ2輪が安定するのだ!?原理がわからないと闇雲に乗っても意味がないのでは?と思いは交錯し、友に問うても

「理屈なんか知らんでも乗れんねん!いいから走りぃ!」

今にしてみればそれはわかるが当時は「無茶や・・・」と思ったものである。

乗れども乗れども自転車は安定しない・・・。E館とは私が所属する演劇専攻がダンスの授業で使う場である。公園よりはマシとはいえ先輩や後輩にも見られてしまう。あきらめようと思ったこともあった。

私「なあ、よくおばちゃんが三輪のやつ乗っとるやん。あれ乗ったら逆におしゃれって思われへんかな」

友「んな訳ないやん、いいから走りぃ!」

毎日汗だくである。ダンスの授業の後も練習。仲間から

「だんじ、ダンスの授業より汗かいとるやん。ダンスもそんくらいやらんと」

と言われる始末・・・ちなみに「だんじ」とは私の大学時代のあだ名である。九州男児からついた。

それでも先輩後輩いろいろアドバイスを受けながら練習してるうちに変化が・・・段々安定する時間が長くなってきたのである。確かに理屈じゃない、感覚だ・・・。そして走れるようになっては拍手、足でなくブレーキで停止できるようになっては拍手、曲がれるようになっては拍手と、嬉しいような見せ物になってるような微妙な気分であった。

そして路上教習である。皆さんは自転車で初めて道路を走ったときの気分を覚えているだろうか。大抵の人は幼い頃で覚えてないだろうが私は克明に覚えている。外があれほど恐いと思ったことはなかった・・・。

「え?人歩いてるやん。わ!車の横通るの恐い!うわ!曲がりすぎて壁にぶつかる!!」と今になれば馬鹿げた恐怖感で一杯だった。

やがて路上にも慣れ、卒業試験はE館→大学構内→大学通り→駅で折り返し。構内も通りも人だらけ、どうにか間をぬってへろへろになって戻ったものだ。

こうして晴れて私は自転車に乗れるようになった。私は悟った、「人間やればできる」と!

これは5月、誕生日直前の出来事であった。そして21歳の誕生日にはなんと友達、先輩、後輩達から金を出しあって買ったという自転車をいただいた。シルバーのスマートなかっこいい物だった(数ヶ月後には北海道旅行でボロボロになってしまうのだが・・・)。

それから1、2カ月。成り行きで友達と北海道を自転車で走ることになった。私の心理としては「ちっちゃい子が自転車に乗れるようになって少し遠出したくなる」ことと同じ

・・・違うだろうか?・・・

とにかく自転車歴3カ月にして北海道を走ることになったのである。             つづく


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